KAT-TUNという概念

充電期間の二年間のうち、いつも頭の片隅にあってことあるごとに思い出しては反芻していた、そういう言葉があった。

 

「みなさんには、本当に感謝しています。」

 

 

 

2016年5月1日、東京ドーム。充電前のラストコンサート。ダブルアンコで、アリーナに降りて下手から上手までダッシュした上田さんに続いて、中丸さんも同じように走り始めたんだけど半分過ぎた辺りで、曲が終わってしまって、中丸さんがステージに戻るまでをドーム全体が待っているっていうシュールな事があって(笑)。ひとりマラソンかっ!ってセルフツッコミしてたけど。その時はもうドーム全体が、充電っていう謎の未知なことへのもやもやを出し切ったデトックス状態で、解放感とか爽快感とかあったかく前向きにがんばろうとかそういう予想もしてなかった空気感に満ち満ちていて。いつまでも終わらないでほしい、ずっとこの空気感の中にいたい、ってきっと誰もが思っていて。3人もそうだったんだと思う。だからマラソンとかになる訳で(笑)そんな空気感だから、素直な率直な気持ちになったんだと思う。はける直前に中丸さんが、「みなさんには、本当に感謝しています。」と冗談めいてもなく真剣モードでもなくいつもの事務的モードでもなく、飾らないそのままの中丸さんで言ったように見えた。昔からの中丸さんを見てきた訳じゃないけど、わたしは初めて見たなって。びっくりした。論理的思考で理詰めな人が、感情のままに言葉発するんだって。本来の性格が繊細で脆く不安がちだから、理論武装するんだと思う。そういう性格の人が武装解くなんてなかなか無いっていうか。まぁこの時はぐちゃぐちゃに泣いた後だから、理論武装解けてたかも、なんだけど。

 

この時の言葉とともに中丸さんの姿が、ふとした瞬間に浮かんできてたなぁって。感謝してるっていう言葉の意味とかじゃなくて、中丸さんの心根にあったその感情が、わたしの深い心のどこかの場所にぼんやり発光してたなぁと。抽象的すぎるけど、ほんとうのところそんな感じなんだよね。ハリポタの映画で、真っ暗闇の深い森の中でたどりついた湖のほとりに青白く立ってこちらを見ていた鹿みたいな生き物を思い出したけど、そんな感じ。

 

二年間は3人が3人ともに、個々の仕事を目一杯行っていて、なんだかんだ楽しくテレビの前にいたしソロコンも行った。一人舞台行きたかったけど当たらなかった。今思うと、たんたんと充電の%ゲージを上げていってたなと。全然、切迫していた感はなかった。エモくならないから、見てるこっちもエモくならなくて、ただじっーと充電のコンセント見てるみたいな(笑)

 

きっと東京ドームのあの空気感が、ここまで引っ張ってきたと思う。わたしには中丸さんのあの姿が頭の片隅にあったけど、人それぞれに脳裏に何かしらのある姿とか気配とかそういう類いの何かがあったんだと思う。

 

2018年4月22日の東京ドームで、トリプルアンコールやってくれて。曲が用意されてないからアカペラで亀ちゃんが歌いだして。いやそれよりも前にアンコールって聞きたい言ってって駄々こねるめんどくさい中丸さんとか。中丸ボイパのリズムと上田ピアノの旋律と歌う亀梨声とか、メビウスの輪みたいな、完成されたトライアングルだなと思ったり。四人時代からのファンだから、四人の図式もすごく好きなんだけど(六人時代や五人時代もそれぞれに好きだし当たり前だけど)、別にその当時のが完成されてないとかじゃなくて、形を変えてもKAT-TUNという概念が唯一無二だから揺るがないから、なんかもう人数とかじゃないな、ってやっと思える所に来たのかなって。そう言えば、KAT-TUNのファンだけが東京ドームの三角のオブジェに集まるのって、概念の可視化じゃんって、今わけわかんないこと思ったりしてます、はい。

 

いつか何年か後に、あの充電期間って結局何だったんだろう、って思うのかもしれない。思うといいのかもね。亀ちゃんが、脱退とか人数とかじゃなくて、単純にオシャレとかかっこいいとかそういう所で見てほしい、って言うから、わりとすぐに充電期間のこと過去になるんだろうなぁ。でも、わたしはこの二年前と二年後の東京ドームのあの空気感は、ずっと忘れない。いいよね、忘れないでも。

 

8月からツアーが始まる。このツアーこそ、KAT-TUNの妖しく燃える魔力の世界が、再びこの地に戻るのだ。あぁゾクゾクする。

 

最後に、中丸さんが充電期間終了でーす!って宣言したことがじわじわくる名言で、もうう一つの名言である中丸さんのこの言葉でしめます。

 

KAT-TUNは、永遠です。」