夢はまだここに。

初めての経験って一度しか無いものだ。

初めてファンと名乗ったジャニーズは、嵐だった。アイドルに夢を見る経験も嵐が初めてだった。

だからこそわたしにとって、嵐は、ジャニーズファンとして否応なしに形成されていった礎だ。

 

初めて嵐に見た夢は、二度と見れないはずだった。一度しかないはずの夢だから。

 

 

宇宙sixとMADEの合同クリエに行ってきた。

滝沢歌舞伎の映像で、出番を終え廊下を歩いていて呼ばれて振り返ったその時の林さんのアンニュイな切ないような渇いたような雰囲気に惹かれてから、アンダースタディを見に行って、やっと歌って踊る林さんを見れると、簡単な動機だった。

 

見始めてようやくMADEの顔と名前が一致し始めた頃、強烈な既視感に襲われた。

 

MCで、冨岡さんに全く同じタイミングでつっこむ林さんと山本さんと離れて笑ってる江田さん。全然オチがない稲葉さんがだらだらしゃべって、大河さんと山本さんが畳み掛けるように巻き込まれて、はらめぐ置いてかれてない?!ってなった所に、やっぱり林さんと山本さんが前に押し出すようにはらさんをボケさせてて。先輩のあれこれを後ろでぼんやり(しかし楽しそうに)聞いてるめぐろさんに、林さんがマイク通さず何か言ってそこだけで盛り上がってたり。5trainの電車ゴッコの振りの所で、江田さんが稲葉さん(確か)に抱きついてたり、山本さんが10人でやるの楽しい!とか来年も10人でやりたい!とか言ってるの聞いた時とか。

 

MCで、なにかの拍子にThey武道って単語が出て来た時に、合点がいった。わたしは、彼らをずっと知ってた。

 

10年以上嵐のバックを務めるThey武道とMADEとM.A.D。必ず最後にまつもっさんが、俺らの仲間を紹介しまーす!って名前を呼んで彼らを紹介するその映像を何百回と繰り返し見てきた、はずだった。

 

嵐を好きになった頃は、ジャニーズに興味があった訳じゃなく嵐に興味をもっていたから、バックのことなんて全く見えていなかったあの当時。ずっと彼らは嵐が見せる夢を支えつづけた一端だったこと。わたしは当時見ていなかったのに、見ていたこと。不意に、今ここにいる意味が必然だったのだと知った。

 

嵐を好きになった頃、嵐はそれなりに人気があった印象だった。ジャニーズに興味をもっていれば嵐も知っている、そうじゃなかったら5人全員のことは知らない、そんな頃だったと思う。嵐と嵐ファンだけが作る空間のコンサートは、すごく内向きで幸せだった。演出はあくまで演出で、歌は聴かせるものじゃなく嵐とファンの共通言語で、仲間意識を持たせてくれるそんな夢の空間だったコンサート。だからこそ、嵐が、内弁慶の嵐が、嵐ファンじゃない所へ大きく飛び立とうとしてることが分かった時、すごく不安だった。俺らについてこいじゃなくて一緒に夢を見ようって示してくれる嵐が大好きで、きっと手を離した仲間だったファンも多くていて、それでも大きく飛び立つことをやめなかった嵐がかっこよくて誇らしくてだから大好きなんだと思って、だからというかゆえにというか同じくらい不安で。

 

この頃嵐に見てた夢は、二度と見れないんだと出戻りして知った。今はどのグループもどの公演もそれぞれの夢を見ることができて多幸感そのものだけど、わたしの礎であるあの夢はあの時のまんまなのだ。

 

でも、嵐に見てたかつての夢は、まだここにあったのだ。不安で大好きで毎日苦しかった(のは自分自身の環境もあって)時に、彼らも確かにそこにいたから。今の嵐にかつての夢を見ることはできないのに、宇宙sixとMADEには見ることができるんだと。不安なのに大好きな夢を。

 

時代、seasonやDaylightを歌う彼らに、全部間違ってなかったと願望じゃなく素直にそう思った。

 

干されぎみとか出れないとか個人の仕事色々だけどとかそんな現況を一個ずつ一個ずつクリアしていくんだ、と思う。ある日突然、神の思し召しはないだろうけど、少しずつ叶えていく。嵐の影を見てるわけじゃない、彼らの夢を見ていくんだよ、わたし。

 

ダブルアンコを終えて緞帳の向こうに見えなくる彼らを見てたら、来年も必ずクリエで会いたいと思った。

 

seasonの「今 誰のためでもなくて 思い出を抱きしめながら 歩いてゆくよ」を歌う山本さんが、9人の背中を勢いよく指差しながら、最後に自分の胸を叩いたこと。おそらく、身の内から出てしまった感情がそうさせたこと。階段後列にいたからその山本さんのことを、9人は知らないということ。変わってくことを捨てたんじゃない抱きしめて歩いていくんだね。忘れられない光景だった。

 

初めての夢の続きは、こうして始まる。