関西とジャニーズと末澤くんと

関西ジャニーズジュニアたちは仲間であり先輩後輩であるのと同時に家族だ。ライバルという関係はあるとは思うけれど、今日見た彼らにはライバルという個々人で切磋琢磨し合うというより、家族で支え合ってみんなで乗り越えていくというほうがしっくりくる。

 

前回の冬公演にいた赤名くんが春公演にはいなかった。辞めたかもしれない、と去年のクリスマスイブにウエストのライブに行った後にもっぱら噂になっていた。赤名くんがいない、古謝くんが泣いてた、とかそんなのがたくさん流れてきた。年が明けていつのまにかドル誌にも載らなくなり、噂は本当だったのだなと知った。でも自分のこの眼で、赤名くんがいないことを確かめるまでは実感がわかなかった。

 

そして今日、関西ジャニーズジュニアの松竹座春公演に行った。

 

赤名くんはいなかった。

 

いないことを実感するとどんな感情になるのかなぁって思ってたけど、不思議なほど淡々とあぁステージに戻ることはないんだという事実だけが頭をよぎる、その程度だった。冬公演で、上手隅っこで吉岡くんとエア壁ドンしてキスしそうになって楽しそうにキャッキャしてた赤名くんを昨日のことのように思い出すのに、同世代の中でも群を抜いてキラキラしててそのキラキラを見ることがファンさなんじゃいないのかなってぐらいにステージが似合うのに、その程度って。この薄情さよ。どうか生きていてくださいね、赤名くん。

 

今回は、赤名くんがいないだけでなく滝沢歌舞伎に出ることになった室くんも不在だった。

 

二人がいないことで‘’穴を埋める‘’のではなく、‘’今までやってないことをやろう‘’という演出・構成になってたのかなと感じた。こういう時に、ジャニーズとはプロ集団であり、お金をもらってステージに立ってるのだなと強く認識する。感傷にひたることはないし(少なくともステージ上では)、不在を感じさせるような隙は見せるなんてあってはならない、それゆえの魅せ方だった。いや、関ジュだから出きたことかもしれないね。数回見てきた関ジュ松竹座公演で、もっとも演出がすばらしかった。赤名くんがいないことに反比例して演出がもっとも好きだなんて、つくづくジャニーズ沼とはファンの心までも情も何もかもさらけださせてしまうのだなぁ。こわい。

 

二人がいないからこそ関ジュみんなで1つの公演を成功させるというのは、ライバルうんぬんなんか言ってられないし一人が背負ってる役割や立場ってすごく大きいからこそ、家族を感じるんだなぁとも。東京が中心に据えられるジャニーズ活動にとって、関ジュというものは松竹座で見続けていくことはこうも内輪なんだなぁ。エイトもウエストもそうやって飛び立っていったのだ。ドラマチックだし大阪だからまたドラマチックが似合う。

 

今までは赤名正門小島でバンド形式が多かったが、赤名くんがいないことで、正門小島が積極的にダンスをし歌うのが、新鮮でこれからが楽しみになった。コントのロッカーの役の時に、西畑さんにお尻チョロンって撫でられる仲良し正門さんが案外男っぽい雰囲気出してて、それも二人が不在だからコント参加しなければ気付かなかったのかもしれないね。男の子というより男の人っていう雰囲気の正門さんが、流星さん小島さんと猫中毒やった時は、見てはいけないものを見た気持ちになってなんかモジモジしちゃった。嫌じゃないんだなぁその感じ。性癖ってやつですね。はは。

 

わたしが関ジュに興味を持ち始めた時はちょうど、永瀬さんが東京ジュニアになったのかとか向井さんのシンメさんが辞めてしまったりだとか、割りと過渡期だった気がしてるので、どうしても向井さんと西畑さんと流星さんは、個の印象が強い。この3人が同じグループになってデビューすることは絶対にないんだろうなぁと思ってしまうくらいに、個の魅せ方で完成されている。絶対にないことないのがジャニーズだけど、ないだろうなぁ。求められてもない気がするし。でもこの3人が今の関ジュを引っ張るメインだし(室くんや浜中さんは見守る先輩たちって感じ)、Fanky8がグループとして集中できるのもチビッ子たちがたくさん場数を与えてもらえるのも、3人が3人として堂々と関ジュ代表としていてくれるからだ。

 

そういうこともあってか、向井さんが関ジュのために居なくてならない責任を背負って活動してるのかなって思ったりする時があって。だって西畑さんや流星さんはジャニーズという業界の世渡りが軽やかなのにたいし、向井さんはそこら辺が世渡り上手になりきれてないように感じるから。今は本人は気づいてないかもしれないけど、すごく大事だなこだし今後必ずや活きてくることなんだろうけどね。境界が曖昧であるがゆえの矛盾を感じながらステージ上にいつづけることこそ、向井さん自身の秘めてる感性を引き出していくだろうから。

 

V6の曲で向井さん一人メインの時、かなりの細身とスタイルの良さから繰り出されるしゃかりきダンス。表情を作る余裕なんてないほどに、この一曲で持てる最大限のダンスをする、そう決めてるような魅せ方が、わたしは好きだ。責任を背負ってるとかそういうのはこの一曲を披露する数分の間には、一切感じなかったし、彼がアイドルとしてステージに立つための真っ直ぐで正直な姿勢の表れなんだなぁと知った。わたしは、向井さんこそデビューして報われなきゃいけない人だと思っている。

 

今回は新橋演舞場ですとんずと関ジュ(向井西畑流星3人)が行った東西合戦とコントや曲内容やセットが同じのも多かった。時間が取れないとかって理由だと思うけれど、松竹座公演は盛り盛りにいつもながら詰め込んでるところが関ジュの努力と技量をより感じた。

 

エイトのwaterdropをFanky8が椅子を使ったダンスと白いスーツと赤い薔薇という演出も、最高だった。ブリュレを関ジュ全員の群舞のようなダンスも二階席一列目からだと全て見えたしステージいっぱいに狭しと踊るのは一人でもタイミングがずれられないのも含め、最高だった。 じょうくんがたぶん室くんがやるはずだったツッコミをコントでやってて、いつもボケるけどツッコミ向いてるなぁと思ったしツッコんでるじょうくんは、好きだった。はれたろうくんが、ダンスに紛れて独特のポーズをしてたりおいしいボケを魅せたり、最高だった。期待大だね。

 

そして、わたしは、末澤誠也くんを担当にすることに決めた。

 

冬公演の時に、なんて繊細に踊るんだろういや繊細さは踊りだけじゃない表情もだ、って気になってはいた。でも今日は、群舞にいても隅にいてもすぐに末澤くんを見つけられるし目で追っていた自分に気づいてしまった。大野さんのダンスがジャニーズイチと断言し担当としてきたので、あの衝撃を越えるダンスでもない限り次の担当なんてあり得ないよ~って思ってたはずなのに。決め手は、公演中、末澤くんにファンレターを書いてみたいかもって思ったことだ。ファンレターを書いたことは一度しかない、それもグループについての内容だった。そもそも自分自身の何かのアクションがジャニーズアイドル様に間接的にでも触れさせるなんてあり得ないと思ってるタイプの人間なのだ。彼らの視界になるべく入りたくない(汚してしまうから)、街中で会っても声をかけてはならない(世界が違うのに交わるなんて言語道断)、握手会も二度と行きたくないいや行きたいけどわたしが幽霊になって、アイドル様に存在を悟られずにお近づきになりたい、っていう思考なのだ。端的に言って、宗教だから。なのに、ファンレターって。書くのかな書かないのかなどうだろ。アイドルという神に自己の存在を主張するなんて、許されることでしょうか。

 

担当になってもいいですか?

 

なんてね。