「おれはお前らとKAT-TUNが大好きだ!!!」KAT-TUN 10TH ANNIVERSARY LIVE TOUR “10Ks!”2016.4.3、4.20、4.29、4.30、5.1

これは最後の挨拶で感極まった上田さんがダブルアンコールで叫んだ言葉だ。そして中丸さん、亀梨さんが全く同じこの言葉を言ったのだった。

帰結する所は至極シンプルで普遍的。彼らも私達も。

初日名古屋ドーム公演に入った時は、お祝いだけど緊張感ある演出にそう来たかと唸ったけど光栄だなと思った。京セラドームは、少し緊張が解けたのかメンバー自身がくだらないことで盛り上がっていつもとなんら変わらない楽しい公演だった。東京ドーム三日間の内2日目までは、名古屋と大阪にはない水の演出が増え、やはり彼らのホームだなと思った。でもまだ充電期間に入ることへのやるせなさ、悔しさ、悲しさ、戸惑いがしこりのように残っていた。

そして最終日。彼らと私達は確かに同じ想いを持って同じ景色を共有した。間違いなくそう思った。ショーを提示しそれを受けるのがKAT-TUNのライブの在り方だと思ってたのに、銃を突き上げながら何度も何度もK!A!T!T!U!N!と身体に刻みつけるように3人も私達も叫び続けたのは、ショー云々なんかじゃなく、ただの決起集会だった。充電期間を乗り切り未来を共に歩んでいくために闘うための。この景色を私はずっとずっと忘れない。気づいたらしこりはなくなっていた。

「わたしはみんなとKAT-TUNが大好きだ!」

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ドームのすり鉢型を船内に見立て、メンステの船首というか甲板を模したセットで、ドームそのものが船(というか海賊船)になっていて、私達は銃(ペンライト)を装備している海賊船の乗組員。という設定がもう最高で唸った。昔の海賊コンは海賊船がメンステに出現するというものだったが、今回は私達を乗組員にするためにドームそのものを船にする必要があったんだろうと思う。それがなんというか彼らの“KAT-TUN”としての高い矜持を私達にまで託そうとしてるというか。“KAT-TUN”だから圧倒的別次元でステージで存在し魅了しなければならない、とするその誇り高い思考に惚れているんだけど、今回の10周年は充電期間目前という形から、いつも通りの圧倒的別次元のステージを選択しなかったのは、彼らの丸腰でステージ挑んだ初めてのライブだったんじゃないかと思う。もちろん特効ガンガンだしレーザー乱れ打ちだしなんせまたもや海賊だしってのはあるけど、ファンサ曲多いし(それでも嵐よりは少ない)ポスター抽選会やるしボイパコーナー進化してるし、とにかく皆で楽しんじゃえってのが、お祝いムード一色で。


だけどその根底にあるのは。


赤く光る銃の引き金に指を置きいつでもぶっ放す準備をしている何万もの乗組員は、海賊船を率いる3人から、『共にその銃で闘ってくれないか』という懇願を受け入れるためのまさに決起集会の様相だった。海賊船を最後降りていく3人は、大切にしてきた孤高の矜持がもたらす印籠を心中する覚悟で持っていてくれと乗組員に託したのだと。

演出の意味は現実の意味にも直結している。彼らは充電期間がいつまでか分からないと言うのは本当にそうなんだろうと思う。ソロ活動でKAT-TUNの名前が今以上に薄れたその時に、絶対的にグループとしてファンから熱望の声が今のKAT-TUNのファンの数をはるかに凌ぐ数で挙がらなければ、KAT-TUN復活はないかもしれない。

共に闘ってほしい、自分のファンも二人を応援してほしい、必ず東京ドームに戻ってきたい、そう言って頭を下げる上田さんにいかにグループとしての戦況が厳しいか物語っているのではないか。素直に真っ直ぐに何度も何度も頭を下げるその姿はずっと脳裏に焼きついている。

中丸さんは、ソロ活動でもこまめにチェックしてほしいとJwebの連載ページのごとく事務的にこれからの事を伝える一方で、最終日のトリプルアンコの捌ける前の挨拶で、真面目に「本当にファンの方には感謝しています」と言った時、そんなの知ってるよって思いながらもこの挨拶が一番飾らない中丸雄一の言葉なんだなぁと思った。亀梨さんからも上田さんからも私達からもこんなに愛されてるのに中丸さんはズルいなぁとこういう時にいつも思う。あんなに泣きじゃくる子供みたいな泣き顔をステージ上でメンバーに私達に見せるなんて本当にズルい。

不確かな約束の言葉は決して言わず淡々と、KAT-TUNは6人で始まりそれは今尚KAT-TUNたらしめてるという意味を言葉にする亀梨さんに、もしかしたらいつでも散る覚悟で、瞬間瞬間をKAT-TUN亀梨和也として生きてるんだなと。長い命であってほしいと思うこちら側に反して、短命でもKAT-TUN亀梨和也であることが全てとするその姿勢に、絶対的にこの人にはKAT-TUNが必要なんだと背筋伸びる緊張感をもたらしてくれた。

上田さん中丸さんが感極まりそれがまたエモーショナルに私達に働きかける中、睨みつけるようにお前ら休んでる暇ないからなとニヤリと笑う亀梨和也に、自分の手で傷口に塩塗って痛みと向き合ってきたんだろうと思いながらもそんなレベルなどとっくに超えて、頼もしい男気溢れるその背中に散る瞬間まで君に幸あれと願わずにはいられなかった。

本編最後で君のユメ僕のユメを歌った時は、私達に向けて歌っている歌詞だなぁと思った。デビュー曲のギリギリでいつも生きていたいからという歌詞がブラックジョークになってる事を上書きするかのようだった。最終日のアンコでプレワンを歌った時、亀梨さんが口に水を含んでそのペットボトルをピアノの前に座った上田さんに渡し、上田さんが一口飲んだ後ピアノの上に置き、それを中丸さんが手に取り飲んだ時、これは3人の契りだ約束だ固い絆だと強く思った。この最終日のプレワンはドーム全体で自然発生的に皆で歌っていて、君のユメ僕のユメと似通う歌詞があっても(一人ぼっちにしない、とか)、プレワンは彼らが彼ら自身のために歌っていてほしくて、でもそんは固い絆を交わす3人を包むかのような皆の合唱は、あったかくて3人にも届いていて、そこからはもう3人と私達とKAT-TUNが渾然一体となっていった。タイトルの「おれはみんなとKAT-TUNが大好きだ!!!」と叫ぶ上田さんも、その日3回も歌ったピスフルでK!A!T!T!U!N!と身体中から何か全てのモヤモヤを出し切るかのように叫ぶ私達と3人に、こうやって晴れ晴れとした気持ちでソロ活動に臨んでいけるのは本当に良い一時のサヨナラだった。

現状は厳しい。でもまだ見ぬ地図に行き先は書いていない。どんなふうにでも走っていける。共に銃を掲げ準備は万全だ。

私達でKAT-TUNを東京ドームに舞い戻らせようじゃないか。

そんな未来はそう遠くないことを祈っている。