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KATーTUN LIVE 2015 quarter in TOKYO DOME ~DVD~

今年5月に行われたKATーTUNの二日間ライブのDVDの感想ですよ〜。

夏頃のJwebの亀回の時に「今年のライブは二日間でしたが……」という1文に、ファンは騒然としたのも懐かしい。「えっ?!今年はツアーないんだ(唖然)」と知ってしまったからね。だからかどうかDVD発売が思いの外早くて、ありがたかったよ。

それではまず本編から。

《OVERTURE》
KATーTUNのライブの始まりはいつも溜め方が上手だなぁ。登場するまでの緊張感ある音が、待ってるドキドキと異常にリンクする。
そしてまさかの四分割ステージ!!四人としての見せ方は難しいから、すごくこだわった結果の四分割ステージだったのだろう。このステージめっちゃ利用性あるから要チェケラ。

《KISSKISSKISS》
田口くんが小指を唇に当ててる所ホント好き。泣く。キスの表し方まで爽やか。でも色気は隠せない。泣く。あと、揺れるまつげの振りが、妖怪体操のあれに見える。そんで1曲目から腰振りしてくるKATーTUNがめっちゃKATーTUN。

《RACE GOES ON》
早速四分割ステージが生きてる。5人や7人だと平面のステージでも、センターが作りやすいけど、4人だとメリハリがつかない。だからこそ2対2で高低差を付けるのは、どこのステージから見ても、かっこうが付きやすい。前回のライブでもそこは課題だっただろうけど、毎回見たことないステージングしてくる、KATーTUNのライブにかける見せ方には感嘆せずにはいられない。とか言ってる内に、四分割ステージの真ん中、通称ハイフンステージに4人ギュッと乗っかってるの可愛いすぎる。

《LIPS》
亀の雄叫び聞くとたまらんくなるよね。その後の中丸さんの雄の煽りが、二宮さんみたくテンションだだあがり。トロッコに足かけるアイドルは上田くんしかいないな!そんでその高さの柵に足かけられるのどんだけ足長いんだよ!

《ONE DROP》
流れが熱い。昔の曲もがんがんやるのが、ツアーじゃないライブの醍醐味かもしれないね。って田口くん、ウインクしたー!ウインクされた人大丈夫?生きてる?たぶん死んでるね、すぐ生き返ってね。

《BIRTH》
中丸さんの腰振りがコミカル。本格的に腰振りやってください。亀ちゃん、言ってやってください。上着脱いで亀ちゃんの二の腕が、むっちりもっちりで美味しそう。そそられる。中丸さんの脇毛が薄いね。ふ、ふーん。

《Connect & Go》
この後のメインコーナがあるからか、お手振り曲が多い前半。この曲はがっつり踊る見せ方かっこいいと思うので待ってるね。照明やレーザーの青い色が基調なのも、曲のイメージと相まって素敵。

《In Fact》
スモークに特効なくしてKATーTUNとは言えない。打って変わっての赤い照明がいい。田口くんの全力ダンスを愛してるので、衣装のひるがえりに恋して苦しい。どこまでも王子様。

《Japanesque》
今回は4つのテーマを設けて構成がされている。各々メンバーが担当しているらしいが、1人1人の個性を打ち出すテーマではなく、KATーTUNとしての4つのテーマを各々が担当するということで、1人1人の色が出ているけど、とってもKATーTUNブランドという所は、とても見ていてワクワクした。

このコーナーのオープニングとエンディングの映像がこれまたたまらん作り。さっきの話は映像で一目瞭然。各々の持つ鏡が集まると1枚の鏡になるという物語性なのだけれど、アイドルという虚像、鏡にうつる虚像、どれもこれも虚像としてわたし達の前に現実として魅せるという。

映像の中丸さんがまじイケメン。私のフォトファイルにめでたく一軍入りしました(知らん)

最初はお亀さんから。

1582再びに沸く会場のファン。亀と言えば織田信長そして1582。KATーTUNというかジャニーズと和装の親和性はこれ以上のハマり方がないぐらいにハマってる。

亀曰くこれは宴を表したかったそう。和アレンジの曲も、太鼓も小道具も、完全にショー。会場のわたし達も思わず拍手してます。

刀使いがアドリブなのか振りなのかよくわからない部分の、中丸さんが最高です。この人無表情のくせに他の三人とは違うベクトルで、自己プロデュース上手いよね。

楔の和アレンジいいね。花吹雪と和傘とアイドル。夢かウツツか。KATーTUNの和テーマの写真集出してくれ。日々目の保養にする。

何度も言うけどラビンユーの和アレンジもいいね。和傘のお亀は姫です、はい。勇ましく立ってる上田くんだけど、ショタボイスなんだから、そのギャップ落ちない訳ないよね。

歌い方を結構アレンジする田口くん。ライブ感出してくれるの嬉しい。

そしてお亀姫は籠で月に帰ります。

《Rock》
月に帰ったはずのお亀姫の籠から上田くん出てきた!そしてまさか自分で燃やした!!!煙草吸わないアスリート上田くんなのに、煙草の火で燃やした後は、ガラス割ったー!!!くぅ好き!!散々燃やした後にレスキューで、まさかの消火したよ!たっちのぶっとびは遺産!!

中丸さんの丸眼鏡は私物らしい。へぇ。

今回のライブは場数経験の少ないJr.がついてるっぽいけど、かなり魅せ場多いし、すごく勉強になってそう。こういうの見ると、Jr.になりたい。来世ではJr.になります。

フェニックスは初披露のカウコンの時は、燃え続ける不死鳥の映像だったけど、今回は青い不死鳥になることもあって、勝手に物語を繋げて考えたくなる。死んでも生き返ると覚悟して不死鳥になった4羽が、幸せの青い鳥にもなれると気づいたのかもしれない。なんつって。

ギターを真剣に弾くたっちの後ろで、これまた二酸化炭素で真剣にふざける市ヶ谷。

ライナーーーウのエフェクト中丸ボイスにやられる。

ファイヤー&アイスのイントロの上から映像の光の照明が美しくて感動したの思い出す。天井席には天井席の楽しみ方がある。

《&FOREVER》
ロックコーナーの熱を静かに凪にしていくのにぴったりの曲。あと、バックコーラスがネバサーに聴こえる。ごめんポンコツ耳で。

《春夏秋冬》
頬ずえ田口くんに恋した。会場でも曲に合わない悲鳴があがったし、直後のツイッターでもさんざん頬ずえ田口くんで盛り上がった。完全に王子様。四分割映像がKATーTUNっぽくなく新鮮。映像の機材の間にメンバーがいて歌ってるのも新鮮。何でも具現化するスタッフさんが優秀すぎる。

《NOTHING ELSE MTTERS》
カップリングがオサレすぎる。映像の白黒ボーダー映像もオサレすぎる。階段を昇り降りするメンバーは可愛すぎる。ピンヒールとか震えるリップスとかを中丸さんに歌振りした人天才ですか。

《MC 》
上田くんが田口くん大好きなMCです。上田口が上田口すぎるし、爺孫が爺孫すぎる。あと、アイドルらしいことすると吐き気がする中丸さん。どんなけ。




次はディスク二枚目いきまーす!
(前回えびの特典映像いきまーすと言っていかなかったのでいかない可能性もあるけど、そん時は忘れた頃にぬるっといつか上げます。それもいいよね。ニッチでいこうよ。)

「Moonlight walker」MVより。

A.B.C-Z!!CDシングルデビューおめでとう!!!二度もデビューをするなんて、A.B.C-Zぐらいなもんだね!

それでは早速初回盤のMVから行くよ〜。

「Moonlight walker」
DVDでデビューしてるとは言っても、CDをデビューするとなると、そりゃファンじゃない人にも手に取ってほしい!という訳で、MVで名前が紹介されてる。いいねいいね!それと馬飼野さん作曲。これはもうハズレなし。

★我らがセンターはっしーからスタート!ネクタイの柄は星。そうA.B.C-Zは星なのです。ファイブスター!!!!!

★モノクロと雑踏から始まるのも外国映画の場末感あって、雰囲気あるね〜。そしてはっしーソロ演技までこなします、頼りになるぅぅ。

★5人の目が光ったーーー!かっこいい!……と言いたい所だけど、ちょっと不気味&笑っていいか迷うなこれ(とか思ってたら、河合案らしい。なんかごめん。)河合さんのヴァンパイアな感じな!オルバがさらにヴァンパイア!

★イントロ明けから、カラーに。セットの色使いがカラフルなのにオサレ。そうA.B.C-ZのMVはいつだってオサレなんだぞ(たまに忘れる)。

★ジャケットの色は、メンバーカラー。はい!ここテスト出ます!ケアレスミスしないように!

★ワッチュアネームの河合戸塚にやられた人!はーい。ふみとつの美しさはずっと見てられる。眼福。(追記:ワッチュアネームはジャニーさん発案とのこと。ありがたいしさすがだし。これなくても良曲だけど、あるからこそグッと深く入り込めるものA.B.C-Zに。)

★ジャケットの振り超絶かっこいい。五関さま天才ですか?そう!振り付けはコレオグラフィ五関晃一!yeah!!

★はっしーが激ヤセだなぁ。映像に残ったかぁ。

★やっぱりオルバの河合さんはヴァンパイア。

★戸塚ソロパートでハットから覗く三白眼にやられる!美しさは罪……。うしろのはしつかバックが新鮮。

★ソロパートでもジャケットちらりが映える!そのためのストライプ柄!

★ソロダンスパートの映像が入ってる!ワンカメが多いA.B.C-Zには珍しい!(初??) EXILEのMVと同じ。それだけ気合いが入ってる証拠だねぇ。どれも個性が出てて見飽きない。そもそもジャニーズで個性のあるソロダンスパートが出来るグループは、あまりいないだろうなぁ。いいぞいいぞ!A.B.C-Zのポテンシャルの高さ見せよう!!

★ソロダンスの塚ちゃんがエロイ。

★ソロダンスの戸塚さんの高く上がった足がイケメン。伝わらないだろうけど伝われ。たぶん、皆ここ好き(よね?)

★ソロダンスのオラってくる河合さんが、完全にモノマネふみと封印でイケメン。

★ぎゃー。ソロダンスの戸塚さんが誘ってくる。もっと誘ってーーー。

★ぎゃー。ソロダンスの塚ちゃんがひたすらエロイ。夜の塚ちゃん。

★ソロダンスはやはり五関さんが好き。泣くぐらいかっこいい。身長の割に腕の長い五関さんだからこそ、両腕挙げてスローモードの映像が強く残像を残していく。

★ソロダンスパートだけでずっと見たい。5人5様で文句無しにかっこいい。

★マイクスタンドとそれぞれの振りがあるハット使い。さすがのA.B.C-Zです。はい。

★さっきからずっと塚ちゃんエロイ。

★マイクスタンドを女性に見立てて、ピストン&グラインドしてきた。ひぃ気絶する。歌詞とぴったり。TV披露では、マイクスタンドないから貴重。

★つかごのシンメアクロバットはすごい。年上組すごい。

★最後のジャケットのゆっくりした振りは全部見せてくらはい。ゆっくり見せるのが二人だけの秘密のワンチャンなのを演出してる様には見えるんだけどなぁ。結構そこ見所よ??

★だけど猫ってのは含みがあって締めとしてオサレでいいね!


はぁぁぁとってもオサレでかっこいいMVでした。A.B.C-Zの紹介も、A.B.C-Zのアクロバットも、A.B.C-Zの5人5様のダンスの個性も、センターはっしーも、見所満載。ファンじゃない人にも優しい満足できる素晴らしいCDシングルデビュー記念日となったね!語り継がれるといいな。

特定映像は次回!

冷静と情熱に思いを馳せて

昨日、自担の熱愛が出た。
最初は表紙の小さな見出しだったから、きっとガセだろうとたかをくくっていた。しかし実際の記事は、ガセとは言いきれないものだったのである。

先日国分さんがご結婚された。それはおめでとうしかないぐらい素敵な報道だった。恋愛も結婚もしてほしいとリア恋枠のいない私はそう思ってきた。

でも自担の今回の熱愛は違った。

昔にも熱愛はあったし違うスクープもあった。何度か経験しているはずなのに、認知度や注目度は群を抜いているグループに所属しているのに、どう考えたって狙われているのに、証拠がこれでもかという程出てくるのだ。突撃でコメントを求められてそこで初めて気づいたみたいな顔の写真が大々的に取り上げられ、どんだけ無防備なんだと、悲しくもあり怒りもありでもその何倍も昔と変わっていない安堵がきた。

ばかばかと自担を心の中でなじりながら、さらに愛おしさを募らせるている私の方がよっぽどばかだった。

簡単に人を信用し、無防備で、だらしないほど無自覚な自担が、好きでたまらない。

そして今日ライブがある。私は行けないが、何もかも飲み込んで、ステージを見つめている多くのファンの顔をどうか忘れないでほしい。絶対にそこには、必ずアイドルとして最高を魅せてくれるその期待だけの顔なのだから。不安なあなたを心配する気持ちを隠しながら。どんな報道が出ても他とは明らかに違う対応がされるのも、才に惚れているのだから。その才を持ってして魅力と思わせる人間に惚れているのだから。

最高のアイドルのステージを。






以下は以前書いた下書きをそのままあげる。自担の熱愛が出る前はこんなスタンスだったと自分の備忘録としておこう。
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恋愛はおおいにしてほしい、結婚は後生この人と添い遂げたいと思う方とならおおいにしてもらいたい(=安易に離婚などしないなら)。恋愛をしなければ、結婚をしなければ、得られないことはたくさんある。それは私の経験から言ってるのではない。恋愛曲を歌うことの多い彼らが、歌い方や表情の出し方が年々進化していくのは、単に技術習得の努力だけではないはずだし(もちそれが大きいのだが)、結婚されて明らかに憑き物が落ちたように柔らかい雰囲気をまとうかっこよさには、包容力があって感動すらする。だからこそ、そのスタンスはジャニーズのファンとなってから一度も変わっていない。ただそこに前提がある。

恋愛するなら、隠し通しなさい。
結婚するなら、アイドルとしてより輝きなさい。

何様だろうと思っただろうか。大丈夫、一番自分がそう思ってるから。でもこれは守ってほしい、いや守りなさい。そう諭したくなるほど、‘’アイドル‘’という生き物は、彼ら個人のプライベートなど吹けば飛んでいくほど、尊いからだ。

アイドルを誇りに思っていなさい。

「ファウスト〜最後の聖戦〜」を観て身の程を知る。

7/25に大阪公演(森ノ宮ピロティホール)で行われた「ファウスト〜最後の聖戦〜」を観た。

久しぶりの舞台観劇であり(昨年初秋に中国で京劇の中国武術演舞舞台以来)、それに加えジャニーズタレントが出演している舞台は初めてであるため、所詮素人の、ジャニアイドルど新規の、戯言と思って頂きたい。

初めてづくしの今回の舞台で、いくつか観劇前の決め事をしていた。それは、原作を読まないことと事前にレポを見ないことである。同じ時間同じ空間で生身の演者が生身の観客にぶつけるそのエネルギーは、話の筋がぶっ飛ぶぐらいの衝撃があると思っているし、逆に話の内容を知っていて少しでも気になる点が出てきた時に、目の前のステージに集中できない事があるからだ。

という訳で上記理由と1回の観劇しかしていないので、あっさり感想書きまーす。

舞台のエネルギーは実際の所どうだったのか
それを感じたのは、観客満場一致で思わず(←ここ大事)拍手喝采した通り、ドラァグクイーンのような女王ヘレネの観客をも飲み込むエネルギーだった。生力(精力は……ないよね?たぶん)のために男性の魂を吸う、その設定が1ミリのズレもない説得力で歌い踊り一蹴する迫力は、すごかった。本当にそこだけはもう一度見たい。女王の手下もキュエキュエッという音(まさに悪い奴の子分出てきた!みたいな音)でクネクネ踊るのも、女王の迫力を後押ししていて、よかった。(あ、よかったしか言えない人です。)

オフィスト
中世ヨーロッパの時代設定が、宝塚メイクが、こんなにも似合うとは知らなかった、五関さんよ。所作も、静動を使い分ける殺陣も、美しかった。通る声だったのも、声を演じわけられるのも、人一倍ストイックな人なのかな?。役柄は感情の起伏があまりないのだけれど、「ファウストッ……!」と短く言い切る一言にもはっきりと感情がのっているし、「メフィストォォォォォ!」と断末魔の叫びはかなりドキッとするし、死後にファウストに話しかける声の優しさには、悪魔から解き放たれたんだなと感じれたし、とにかく美しかった。えびのファンなりたての身としは、軽々しく皆が使っているからといって五関様とは言えないでいるのだけれど、まさにオフィストはオフィスト様だった。様呼びして美を崇めたい気持ち初めてです。うぅ。オフィスト様に抱かれてから死にたい。

ファウスト
河合さんが演るからファウストなんだなぁと思った。同時に五関さんがファウストで、河合さんがオフィストだったら……なんて想像するほど、息の合う演技だった河合さんと五関さん。五関さんと違って殺陣が重い動きだったり、感情をあらわにする時の叫びが声枯れそうで、とにかく一生懸命にマルガレーテを祈るファウストと、とにかく一生懸命にファウストを演じきりたい河合さんがダブって見えた。これは初演のファウストから見て、その成長を見届けたかった。一生懸命に演じれば演じるほど、顔面の美しさが際立ってくる河合さんマジアイドル。「国王になる!」と宣誓した時の汗の玉が光る河合さんの美しさったらなかったよ。五関さんと河合さんの殺陣も演技も真反対だったから、そういう演出なんだとしたら……河合さんがオフィストだった場合、河合さん自身の美しさがより悪魔っぽいんだろうなぁ、と。美しい顔で、静かにスッスッと片手で殺陣を行うの、想像して悶えるわ。それに五関さんがファウストだった場合、重い殺陣が全く想像できないからめっちゃ見たい。人間くささ満点のファウストを、ロイヤルな五関さんが演じるのなら、死んででも見に行きたい。あっ、死んだら見れないけど。

内容
パンフレット読んでようやく把握できた。私自身の理解度の問題もあるけど、というかそれが大きいの分かってるけど!メフィストが、自分の分身のガブリエルとオフィストを通して、愚かでも非合理的でも想い1つで、神も悪魔も必要としない人間ファウストの根本的強さがメッセージなのかなぁと思った(全然違ったらごめんなさい。ご指摘待ってます)。初めてファウスト舞台を見て原作も読んでない者からすれば、そこは分からなかった。(お前の理解度だろ!ってのは知ってます) 元々、ミュージカルの歌いながら愛を叫んだりするにの共感しないタイプだから、お呼びでなかったですね。ごめんなさい。生きるとは?死とは?という普遍的テーマは興味あるので、手塚治虫さんの漫画の方で、改めてじっくり掘り下げてみたい。久しく遠ざかっていた手塚作品なので、これも縁ということで、観劇して良かった。

キャストに裏方の皆さん、お疲れ様でした。
無事楽日を迎えられますように、ささやかながらお祈りしています!

※最初の方に書いたようにレポは読まないようにしていたけれど、それでもTwitterで流れてきたものから、何となくあまり良い反応はない、というのは知っていた。なので観劇するまでビビっていたけれど、蓋を開けてみれば、普通に良い舞台だったのかなと思っている。ミュージカルの愛を叫ぶの分からん派からすれば(自分の趣味とか相性もあるだろうし)、不都合な所つじつまの合わない所なんてよくある話だし。少なくとも酷くはなかったよ?
えび担コワイ。

つまりそれは、えび担は目が肥えすぎてるのだ。私が素人であるように。舞台評論家並に、まるでプロの視点のような感想を述べる。舞台経験が長いA.B.C-Zを見てきたえび担というのもあるけれど、目が肥えてるえび担を毎回満足度を更新してくるA.B.C-Zに驚愕である。単にA.B.C-Zに盲目なだけではないえび担の辛辣な感想は、いかにA.B.C-Zが舞台で魅了し続けた来たかという輝かしい歴史でもあるんだな、と。サマパラもその演出もあるのに、シンガポール公演もあるのに、えび座もあるのに、成長できない仕事増やさないで!というのは、えび素人の私から見れば、仕事なんだから素晴らしいものだけではないのが常だと思うけれど、えびエゴになるほど舞台のA.B.C-Zに全幅の信頼を置いてるえび担とA.B.C-Zの関係に胸熱。羨ましい。

えび担を名乗る日が果たして来るのか?

サマパラ落ちたので、えび座に行って五感をフルにしてA.B.C-Zを感じたい。

初めてJr.にハマリかけている話

※特殊な癖(へき)の記事であり、気持ち悪いと感じたらすぐに回れ右されることを、願う。またJr.の話は最後にちょろっと出てくるだけである。

私は女性至上主義だ。世界は女性を中心に回っている、と割と本気で思っている。

私は女性が好きだ。生きとし生けるものの中で、女性という生き物が好きだ。性別が女というだけで、この世の女性全てを好きになってしまう。

この女性を好きな気持ちは、恋愛における男性への好きとはあまりに異なりすぎるほど尊い。と同時に男性への落胆へと繋がっている。(余談・・・こんな私でも何人かの男性と恋愛をしてお付き合いしてきた事がある。でも最終的に、男性性として惹かれるものは何もなく終わっていった。男性嫌いとは違うと思っているけれど、そう思われても反論できないのも事実である。)

それゆえに、異性という認識をしていても、リア恋枠の異性と思った事は一度もない。それがジャニーズアイドルの基本的感情である。

じゃあなぜジャニーズアイドルが好きなのか。

彼らに抱く気持ちのスタンスはこうだ。ステージ上で歌い踊るアイドルの儚さや美しさにドキドキキラキラする気持ちと、バラエティやメイキングで覗かせる男性の素っぽさへ落胆するドロドロネチネチする気持ち、である。これら相反する二つの気持ちの相乗効果が、他では感じる事のできない刺激的な感情となって、この上ない極上の味となるのである。(言わずもがなだが、中毒性を持っているため、もっともっとと刺激を求め続け、DDとなっていることは想像に難くない。)

ドキドキキラキラする感情は、勝手に向こうからやってくるというもの。なぜって彼らはプロのアイドルであり、アイドルとしての本質だからだ。ここで大事なのは、男性性への落胆する気持ちの方である。より落胆するには、リア恋枠になりえる(女性至上主義の私にリア恋枠はありえないが、そう仮定する事で盛り上がるためあえて設定している。)年齢設定が重要となってくる。個人的な年上好み+現実にありえそうな年齢(くどいようだが、万が一にも現実にありえるかもなどと思った事など一度もない。設定以上でも以下でもない話。)となると、嵐・関ジャニ・NEWS・KATーTUN・ジャニストが入ってくる。この中で落胆ぶりがすごいのはKATーTUNだ。メイキングの圧倒的なくだらなさアホさもさる事ながら、男性特有の自分への甘さ(アイドルへの甘さではない)、これが効いている。そしてライブのステージ上のKATーTUNの圧倒的に現実と乖離した美しさ。こんなに劇薬とは思っていなかった。

これらの理由から、私よりそれなりに年下であるJr.に惹かれる事はないと思っていた(ようやく本題)。

しかし、今私は関ジュの西畑大吾くんにハマリかけている。

男性性すら感じにくいJr.はただただ子どもなだけであって、キラキラも落胆もある訳がない。だったら、なぜなのか。

最初に意識を持って西畑くんを知ったのは、Endless SHOCKのオフィシャル写真のコーナーだった。今となっては八重歯がチャームポイントの笑顔が魅力らしいと知っているが、その時気になったのは、口を閉じてどこか正面をぼんやりと見ている横顔の写真だった。

それは私がずっと昔から、なりたい纏いたいと思っていた雰囲気の顔立ちだった。

私自身が憧れる対象はいつだって女性だったのに、初めて性別ですらなく、ステージ上の現実を感じさせない美しさでもなく、生身の中性さに憧れた、みたいなのだ。

他のJr.もそうかと思って他関ジュを見てみたが、子ども(大西流星くん)か男性性(浜中くんや向井くん)のどちらかにしか見えなかった。

きっとなれる訳もないと現実を知っているからこそ、西畑くんに理想の欠片の残像を見ているのだ。

弱さと強さと優しさと無慈悲さを同居させているようなふんわりと消えそうな微笑み(アルカイックスマイルに限りなく近いかもしれない、と書きながら唐突に思った)、寄せ付けないのに吸い寄せられたモノを全て包み込む凛とした眼差し。これが理想の欠片。

なぜ女性にしか感じなかった理想像を西畑くんに匂わされているのか。

それが分かったら、この記事の続きを書きたいと思う。

個人的な嵐の15周年

昨年、嵐が15周年を向かえた。 世間とのタイムラグがあるのは承知の上で、その15周年が、私にとって大きな意味を持ちそれがようやく昇華できたため、ここに記す。

初めて嵐の「ファン」として自覚してから、1年ちょっとでお茶の間になってしまった。2007年辺りだ。その後味の悪さを抱えながらお茶の間を長らく続け、2013年に再び「ファン」に戻ってきたのだ。

アイドルが心底嫌いな10代を過ごしていた私にとって、数週間で熱狂的熱量でアイドル好きになったから思考が追いついていなかった。アイドルとは?アイドルの曲とは何か?など微塵も意識したことはなかった。アニメのアイドルからでも良いから、アイドルの免疫付けてからジャニヲタにならなければならかった。

未だ私にとっての〝アイドルとは何か〟の答えが出ていないため、はっきりはしていないが、アイドルの曲を歌う彼ら自身が、曲の主人公だ。だから私が好きなアイドルの曲は、彼ら自身でしか完成させられない曲となった時だ。

その時はコンサートでやってくる。バラエティから入ったのも、山田太郎ものがたりの主題歌のHappinessがなんとなく良いなぁとなったのもまだまだで、TimeコンDVDを見て初めて嵐の「ファン」と自覚したのだ。

しかし当時の私は、嵐の仕事(TVもコンサートも取材もその他の媒体も)全部ひっくるめで同じ種類の好きだと思っていた。私はファンなのだから、バラエティの嵐も、コンサートの嵐も同じように好きなんだと。

ゆえに歪みができていく。

バラエティで笑っているのに、全身で泣き叫んでいるような、生死のどっか一つ先の世界を見ているかのような二宮さんにひどく心乱された。それは私自身がまさにそうだったから、としか言えないが、バラエティの二宮さんを見ると自分の闇を無理矢理見せられているように感じていった。しかし、コンサートの二宮さんは純粋に好きだけしかなかった。

真実など分からないのだけれど、バラエティで私が二宮さんに感じていた印象は遠からずだと思う。そしてまた、コンサートでその印象を感じさせなかったのも間違いではなかった。全部同じ種類の好きでなくてはならないのだから、自分の意思で「ファン」なのに、見ていたくない〝好き〟が大部分を占めてしまった事に「ファン」を名乗るをやめようと思い、お茶の間になった。

15周年のNHKのドキュメンタリーで、ステージ裏の二宮さんの腰についてカメラが入り、「腰が痛くてもステージでは一度も苦しい顔はしなかった」というナレーションが付けられた。自分の辛さよりアイドルとしてのプロ意識を取る、という意味だ。私は初めてここで気付いたのだ。(それにしても今更過ぎて、馬鹿さと恥ずかしさで気が狂いそう。)コンサートでの二宮さんは、いつだってアイドルに誠実に真面目に演じきっていたのだ、と。そして、ハワイコンサート後のインタビューで、闇を滲ませていた二宮さんはもうどこにもいないのだ、と。ハリウッド会見の「俳優ではない。嵐というアイドルだ。」がアイドルのプロ意識ではなく、嵐という居場所を手放さない決意表明に見えていたが、いつの頃か二宮さん自身もそこから大きく脱却していった事に、アイドルのプロ意識だけで動けるぐらいに嵐という地盤が確固たるものになった事に、「ファン」からお茶の間になり俯瞰で見られるようになって初めて思い知ったのだった。

「ファン」をやめお茶の間になった私にはその過程を知らないままだ。いつでもステージで演じきる二宮さんと、ステージ外では演じきれなかった二宮さん、そこは別物の感情として見ていたかった。でも、不安定なかまってちゃんを昇華させた15周年を経た今の二宮さんには、濁りのない好きな気持ちしかない!〝好き〟をごちゃごちゃにさせたまま埃となってわだかまっていた私の気持ちも昇華された!時間がかかりすぎだけれど、私には2015年6月までの時間が必要だった。

晴れやかな気持ちで「ファン」を名乗れる事が、どれほど素晴らしいか。涙が出る。

『 私は嵐のファンだ。』

すれ違っていたの、あの時。

前回〝皆さんのジャニ熱に触発されて〟ブログを始めたと書いたが、建前である。実はもっと切羽詰っていたからである。見栄っ張り。

「Twitter140文字で書けるかい!白い目で見られたくないもん!でも書かないと忘れる!早く言葉にしてしまわないと!」

Twitterで、ど新規でチキンだとつぶやけない事とは、つまり赤西くんと田中くんの事だ。

学生の頃、「6人の中で誰が好き?」と取るに足らない会話を幾度となく交わしてきた。当時の私はジャニに興味はなくともよどみなく答えを返していた。10代女子の会話は連携が最優先、本当の意味はここぞという時だけだからだ。「うーん、よく知らないけど歌声とかなら赤西くんで、外見や性格とかは田中くんかなぁ。後の4人は顔と名前一致しないし」と。

時の流れとはつくづく不思議である。顔と名前の一致しなかった4人のファンをやってるんだよ、当時の私。

第一次嵐沼期以降、ジャニ出演歌番組は時間が合えば見るようになっていた。当然KATーTUNも見ていた。掘り起こせる記憶はほぼないが、赤西くんの存在感は圧倒的だった様に思う。仁亀ツートップというのは当時の私も認識してはいたが、はっきり言って、仁トップだった(ように私には映っていた)。容姿に力を入れている亀ちゃんと仮にダサい服で出てもかっこいいと思わせられる赤西くん、言わずもがな。田中くんはジャニでは珍しく役作りではなく坊主であり、硬派なイメージ。それと、今の4人にはないバラエティでの機転の良さは好きだった。

KATーTUN=存在感赤西くんと好男子田中くんの印象だった当時、世間的には赤西くんの留学やスキャンダルなどゴシップに事欠かないグループでもあった。でもアウトローヤロー好きな私にはプラスにしか働かなかったのだが、衝撃的な出来事が起こる。悪い意味で。

嵐バラエティと言えばあのテレビ局。嵐を育ててくれたテレビ局を私は贔屓目に見ていた。そのテレビ局で、KATーTUNの冠バラエティ特番(確か…衝撃でテレビ局名以外うろ覚え)があった。嵐バラエティが面白いんだから、そりゃKATーTUNも面白いよきっと、間違いないよねぇ、と喜び勇んで見たのだった。

しかし、そこで私が見たものは、バラエティの空気を悪くさせる赤西くんとそんな赤西くんに気を使う5人の姿だった。ゲーム内容などは面白そうな良い企画だった様に思う。なのになぜ。

赤西くんにも5人にもがっかりした。仕事なめんなよ。一緒に仕事しているスタッフに迷惑かけるなよ。独りよがりな赤西くんもだが、それ以上に気を使う5人の方が余計に腹を立ていた。世間の波に揉まれようともしない甘ったれた男子を(あくまで印象)当時の私が最も毛嫌いしており、二度とKATーTUNはテレビでは見ないと、誓った。嵐バラエティを思い描いていた自分に腹を立てた。

(ファンだったら違う感想だっただろう。KATーTUNを演じれなくなった赤西くんがKAT-TUNとしてバラエティに出演しなければならないというのはどれほどの感情だったのだろう。今までフロントマンでいた彼に背中を向けられ、不安だったのは誰よりも5人だったのかもしれない。永遠に分からない。)

バラエティ事件の後に赤西くんは脱退する。お茶の間ですらなかった私でさえ「方向性の違い」というのは把握できた。でも田中くんだけは、未だ分からない。ネット海潜っても、教えて下さる方の話を聞いても、ぼんやりとした感触しか残らない。ファンになってから、デビュー後のCDをほぼ集めた。メイキングで見せる田中くんはグループのバランサーとして、貢献しているように見える。メンバーを、KATーTUNの音楽を、好きでいるように見える。決してKATーTUNに泥を塗るような事はしない人と思ってしまう。今でもそう思ってる。結果的に泥を塗ったのに、なぜ今でもそう思うんだろう。いつか(仮に来ないいつかでも)腑に落ちたい、というのは我儘だろうか。

私はKATーTUNの音楽が好きだ。KAT-TUNの音楽でKAT-TUNを演じ続ける彼らが好きだ。あのバラエティ事件がなければ、数年早くハマっていたかもしれない。

昨年の嵐にしやがれ東山紀之さんがゲストだった時、「ファンは一瞬で去っていくからね。自分達が思っている以上にファンに分かられているよ。」と言っていた。嵐に言っているようで、後輩全員への言葉だったのだろう。あのバラエティ事件は、まさにこれだった。

4人を好きになってから、5人、6人も好きになった。バラエティ事件のトラウマ故に、過去の5人、6人を好きになるなんて想定外の事だった。全くタイミングというのは末恐ろしい。

何年か後には、バラエティ事件の事を忘れてしまうかもしれない。むしろ忘れていたい。完全に消えてはいないなぜという負の感情とどうしたって惹かれてしまう正の感情のせめぎあいが、これからKAT-TUNを追い続ける先にどのように昇華されていくのか。その瞬間をワクワクしながら迎えてみたい。

すれ違っていたの、あの時。すれ違えて、良かった。